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美術館[美術館ブログ]美術館情報

美術館の紹介をメーンとした美術館ブログで、その美術館の所有する美術品、絵画、彫刻、書画を作者を含めて紹介し、各地域の美術館の場所、展示品、展示日時も網羅します。海外の作者まで紹介する美術館ブログです。

美術館ー東京ーちひろ美術館

美術館[美術館ブログ]美術館情報の美術館館長大作です。
美術館めぐり。今日の美術館情報は、安曇野ちひろ美術館です。

安曇野ちひろ美術館の展示会についてはこちらをどうぞ。
2001年(平成14年)にできた新館に、世界の絵本画家の作品と絵本の歴史を紹介する展示室がありますが、世界28カ国約16,400点、ちひろと合わせ、計25,800点の収蔵作品は、絵本の分野では最大級のコレクションです。

【カフェ】
この美術館のカフェは外にも出られますし、独特なジュースもあって楽しめますよ。
○人気の信州産ドリンクはそれぞれ400円で飲めます。
 *特徴のあるジュースを紹介しましょう。
 ・りんごジュース 
   松川村・市川農園のストレートジュース
 ・アールグレイりんごジュース
  ちひろ美術館オリジナルで、アイスティーとりんごジュースが
  2層になっています。
 ・ぶどうジュース 
  信州産コンコードぶどうのストレートジュース
 ・赤しそジュース
  大町市・下条農園の甘酸っぱい赤紫蘇のドリンク、なかなかいけます。
 ・ とまとジュース 420円
  安曇野産無農薬栽培トマトのジュース
 *このカフェには、簡単なランチもありますよ。

○ショップも充実しています。
 いわさきちひろのグッズが揃っているのは当然ですが、彼女のオリジナルグッズがすべて揃うのは、この安曇野ちひろ美術館だけだそうです。

 
美術館めぐり、いかがでしたか?次回はどこの美術館でしょう。
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【アクセス】
 ●車で行く方法です。
 ・長野自動車道豊科インターチェンジより 自家用車30分。
 ・北陸自動車道糸魚川インターチェンジより 自家用車1時間40分。
  *地図です
 ●電車で行く場合
 ・JR大糸線信濃松川駅より ・タクシー3分
              ・レンタサイクル7分
              ・徒歩30分。
○この美術館は場所を考慮して開館している期間に注意してください。

 ●開館期間 :  3月1日〜11月30日
 ●開館時間 :  午前9時〜午後5時
 ●休館日  :  第2、4水曜日(祝日は開館、翌日休館)
         冬期休館 12月1日〜2月末日
         GW・8月は無休(2007年GWは4/28〜5/6)
 ●入館料 :  大人800円
         *小学生・中学生・高校生は無料

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安曇野ちひろ美術館の施設の概要です。
●展示室1 [ちひろの仕事]
 1年に4回、テーマを決めてちひろの代表作の原画を中心に展示しています。
●展示室2 [ちひろの人生]
 ちひろの人生を省みて、重要であった出来事を紹介している部屋です。
 素描やスケッチ、遺品も展示されています。
●展示室3 [世界の絵本画家]
 国際的な絵本のコレクションが展示されています。
 そのコレクションには、アジア・ヨーロッパ・アメリカなど、
 国籍もさまざまな作家の作品があります。
●展示室4 [企画展展示室]
 コレクション作品の展示など、企画展示を行っている部屋です。
 世界の絵本画家をテーマに、展示室1と同じ期間で年4回の企画展です。
●展示室5 [絵本の歴史]
 死者の書や絵巻物など、現代の絵本につながる史料を展示しています。
●絵本の部屋
 コレクションした作家を中心に、約3000冊の絵本が閲覧できます。

このほかに、ミュージアムショップとこどもの部屋があります。
ミュージアムショップでは様々なグッズを購入できます。

こどものへや
絵に興味のない子どもに配慮して設置された部屋です。
子どもが創造性を発揮して楽しみ、遊べるようになっています。

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美術館めぐり。今日の美術館情報は、ちひろ美術館・安曇野館です。

いつだったか、安曇野を尋ねた折に「ちひろ美術館開館」というポスターをみて行ったところ、すごい人で見られなかったことがあります。
1997年(平成10年)4月に、ちひろ美術館・安曇野館が開館していますから、この頃だったんでしょうね。
安曇野館の館長は、息子の松本猛氏です。

この安曇野館は、安曇野ちひろ美術館で、長野県北安曇郡松川村にあり、安曇野アートラインの一角にあります。
この安曇野アートラインというのは、長野県安曇野(安曇野市から白馬村まで約50kmの地域)に点在する美術館・博物館・公園など、約20の施設を結んだライン(道)のことです。

 住所は、〒399-8501 長野県北安曇郡松川村西原
 電話: 0261-62-0772
 テレホンガイド:0261-62-0777

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美術館めぐり。今日の美術館情報は、ちひろ美術館・東京館です。

この東京館の概要です。
  ・展示室1〜3(1階・2階)
  ・多目的展示ホール(1階)
  ・カフェ(1階)・・カフェのページです。
  ・ミュージアムショップ(1階)
    ちひろを初めにしてコレクション作家の絵本やグッズ、
    美術館が選んだ絵本やおもちゃ、画材があります。
  ・こどものへや(2階)
  などがあります。

 【展示会】
  ●展示会のスケジュールは、こちらです。
  ●他の美術館ちひろ展覧会もあります。

とにかく、あのかわいい子供の笑顔に会えるだけでも行った価値があります。
ぜひ、行ってください。 

美術館めぐり、いかがでしたか?次回もちひろ美術館です。
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美術館めぐり。今日の美術館情報は、ちひろ美術館・東京館です。

ちひろ美術館は東京館と安曇野館があることはお伝えしましたが、今回は東京館の紹介です。
東京館は、ちひろが22年間を過ごした下石神井の自宅の跡地建てられています。

東京館の住所です。
 〒177-0042 東京都練馬区下石神井4-7-2
  TEL 03-3995-0612
   テレフォンガイド 03-3995-0820
   FAX 03-3995-0680
【アクセス】
 西武新宿線上井草駅下車徒歩7分
 ひろ美術館の地図です。
 駐車場: 美術館駐車場 乗用車3台・身障者用1台
     ※満車の場合は、千川通りパーキングメーター区域へ。

 【開館時間】
  午前10時〜午後5時
 【休館日】
 月曜日(祝日は開館、翌日休館)
  冬期休館2月1日〜末日
 【入館料】
  大人800円
  小学生・中学生・高校生:無料
  65歳以上は100円引

こどもにやさしい美術館ですよ。

ちひろ美術館いかがでしたか?次回もちひろ美術館です。
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美術館めぐり。今日の美術館情報は、ちひろ美術館です。

いわさき ちひろさんについては、よく分かったと思いますが、その美術館はどのようにしてできたのか、今回はちひろ美術館の沿革です。

ちひろ美術館の設立には全国からの「いつでもちひろの絵に出会える場所を」という声だったと言われています。
いわさきちひろさんが亡くなった1974年8月の翌年、1975年6月にいわさきちひろ記念事業団設立準備委員会発足し、1976年設立されました。初代理事長はちひろさんが師事した中谷泰氏でした。
そして、ちひろさんの死から3年後、1977年(昭和52年)9月、いわさきちひろ絵本美術館が開館し、初代館長には飯沢匡氏が就任しました。

この美術館を開館するために、色々な努力がされたようです。
・ちひろの遺族から、作品とともに著作権や美術館建築のための土地の寄付を受けたり、
・ いわさきちひろ絵本美術館建設募金開始したり、
・「いわさきちひろカレンダー」を原水協と協力して製作したり、
などですが、開館された一番の力はあの可愛らしい幼児の絵だったんでしょうね。
そんな気がします。

1997年(平成10年)4月には安曇野ちひろ美術館が開館しました。ここの初代館長には千尋さんの長男松本猛氏がなりました。

東京館と安曇野館にはいつでも多くの人が訪れています。
あなたも誰かを誘って行ってみませんか。

次回から、ちひろ美術館をたずねます。
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美術館めぐり。今日の美術館情報は、いわさき ちひろさんの人生です。

いわさき ちひろは、長男の松本猛氏を生んだ翌年、1952年(昭和27年) 東京・練馬区下石神井に家を建て、住まいを移しましたが、そこが現在の「ちひろ美術館・東京館」の所在地です。

 長男の松本猛氏の略歴です。
 *松本猛(まつもとたけし)氏
  1951年東京に生まれる。
  東京芸術大学美術学部芸術学科を卒業。
  現在、安曇野ちひろ美術館館長。長野県信濃美術館館長。
  母親のいわさきちひろに関する著書があります。

その後、小学館児童文化賞、サンケイ児童出版文化賞などを受賞。
また、ソビエト、ヨーロッパなど海外にも出かけました。
その海外から、ボローニャ国際児童展グラフィック賞、ライプツィヒ国際書籍展銅賞を受賞しています。

そして1973年(昭和48年)秋、原発性肝ガンのため入院。
1974年(昭和49年)3月、再入院。8月8日、死去。享年55歳。若い死でした。

いわさきちひろさんに関係ある有名人として、山田洋次さん、黒柳徹子さんがいます。
山田監督は言わずと知れた寅さんの「男はつらいよ」の監督で、いわさきちひろ美術館の理事を努めています。

黒柳さんは、自伝エッセイ『窓ぎわのトットちゃん』(1981年、講談社)を著しましたが、その表紙絵および挿絵はいわさきちひろの作品でした。

そういえば、この本は中身の文章と挿絵がよくマッチしていたことを思い出します。

ちひろさんの人生、いかがでしたか?次回はそのちひろ美術館です。
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美術館めぐり。今日の美術館情報は、いわさきちひろの人生ー戦後です。

1945年(昭和2年)5月に、ちひろは、空襲で家を焼かれたために母の実家(長野県松本市)に疎開、そしてその翌年に長野県で日本共産党に入党しました。
その年の春に上京して人民新聞の記者となる。
1949(30) 紙芝居「お母さんの話」を描き、翌年文部大臣賞受賞。
この間も絵の勉強をして描き続けていたんでしょうね。
1950年(昭和25年) 31歳の時に同じ共産党員であった松本善明と知り合い結婚。

翌年の1951年(昭和2年)に長男・猛が誕生しました。
この頃、乳飲み子だった息子・松本猛をやむなく安曇野の両親に預けていたため、母乳が途切れぬように「乳母」となって乳を与えたのが、俳優でタレントの三宅 裕司(みやけ ゆうじ 1951年5月3日生まれ)でした。

こんなところで三宅祐司さんが出てくるとは思わなかった。
この頃近所にいたんですね。

ところで、結婚した松本善明氏の略歴です。

松本 善明(まつもと ぜんめい)
 1926年5月17日大阪府生まれ。
 元衆議院議員、弁護士。
 1948年(昭和23)東京大学法学部政治学科在学中に日本共産党に入党。
 弁護士として松川事件やメーデー事件、労働争議に関わる。
 1967年(昭和42)に東京4区(中選挙区)から初当選、その後比例
 東北ブロックに移り、2003年(平成15)まで日本共産党衆議院議員を
 通算11期勤める。
 衆議院議員在職中は農林水産委員会所属。
 現在、日本共産党名誉役員、財団法人いわさきちひろ記念事業団副理事長。

いわさき ちひろに関連する人っていろいろいるんですね。
その話はまた次回に。
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美術館めぐり。今日の美術館情報は、いわさきちひろさんの人生です。

12歳で東京府立第六高等女学校(現・都立三田高校)に入学したちひろは、5年の女学校時代を終わって、1936年(昭和11年)に第六高女を卒業。
そして、同じ年に朱葉会女子洋画展に入選。
岡田氏に師事してから3年目のことで早くも絵の才能の片鱗をみせたというところです。

そして、1937年(昭和12年)には書道家の小田周洋に師事して藤原行成流の書を習う。
その2年後の1939年(昭和14年)に20歳で結婚、婿養子を迎えています。
その後夫婦は、満州へ渡る。
しかし、その翌年、夫が自殺したために帰国。
何があったんでしょうね。
1942年(昭和17年) 中谷泰氏に師事。

 この中谷泰氏は、ちひろの死後「いわさきちひろ記念事業団」が設立された時に初代理事長になっており、ちひろの画集の編集者としても努力しています。
 
 *中谷泰
  1909年(明治42)5月20日、三重県松阪市に生まれ。
  20歳の時、洋画家を志し上京、 川端画学校に学ぶ。
  1930年(昭和5)年の第8回春陽会展に初入選。 
  1938年(昭和13)年の第16回春陽会で春陽会賞を受賞。
  1943年(昭和18)年に春陽開会員となる。
  戦後は、春陽会他の展覧会に精力的に出品を続けた。
  1971(昭和46)年から東京芸術大学教授。
  1993年(平成5)年 死去。享年84歳。

1944年(昭和19年) 4月、満州勃利女子開拓団に同行、二度目の満州行きです。
しかし、戦況が悪化したためにわずかの滞在で夏には帰国。
この時期のことに興味ある人は、「若きちひろへの旅 上・下」(新日本出版社)[著者:平山知子]を読んでみてください。

次回も「いわさきちひろ」戦後です。
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