美術館ー東京ーちひろ美術館
美術館[美術館ブログ]美術館情報の美術館館長大作です。
美術館めぐり。今日の美術館情報は、いわさきちひろの人生ー戦後です。
1945年(昭和2年)5月に、ちひろは、空襲で家を焼かれたために母の実家(長野県松本市)に疎開、そしてその翌年に長野県で日本共産党に入党しました。
その年の春に上京して人民新聞の記者となる。
1949(30) 紙芝居「お母さんの話」を描き、翌年文部大臣賞受賞。
この間も絵の勉強をして描き続けていたんでしょうね。
1950年(昭和25年) 31歳の時に同じ共産党員であった松本善明と知り合い結婚。
翌年の1951年(昭和2年)に長男・猛が誕生しました。
この頃、乳飲み子だった息子・松本猛をやむなく安曇野の両親に預けていたため、母乳が途切れぬように「乳母」となって乳を与えたのが、俳優でタレントの三宅 裕司(みやけ ゆうじ 1951年5月3日生まれ)でした。
こんなところで三宅祐司さんが出てくるとは思わなかった。
この頃近所にいたんですね。
ところで、結婚した松本善明氏の略歴です。
松本 善明(まつもと ぜんめい)
1926年5月17日大阪府生まれ。
元衆議院議員、弁護士。
1948年(昭和23)東京大学法学部政治学科在学中に日本共産党に入党。
弁護士として松川事件やメーデー事件、労働争議に関わる。
1967年(昭和42)に東京4区(中選挙区)から初当選、その後比例
東北ブロックに移り、2003年(平成15)まで日本共産党衆議院議員を
通算11期勤める。
衆議院議員在職中は農林水産委員会所属。
現在、日本共産党名誉役員、財団法人いわさきちひろ記念事業団副理事長。
いわさき ちひろに関連する人っていろいろいるんですね。
その話はまた次回に。
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1945年(昭和2年)5月に、ちひろは、空襲で家を焼かれたために母の実家(長野県松本市)に疎開、そしてその翌年に長野県で日本共産党に入党しました。
その年の春に上京して人民新聞の記者となる。
1949(30) 紙芝居「お母さんの話」を描き、翌年文部大臣賞受賞。
この間も絵の勉強をして描き続けていたんでしょうね。
1950年(昭和25年) 31歳の時に同じ共産党員であった松本善明と知り合い結婚。
翌年の1951年(昭和2年)に長男・猛が誕生しました。
この頃、乳飲み子だった息子・松本猛をやむなく安曇野の両親に預けていたため、母乳が途切れぬように「乳母」となって乳を与えたのが、俳優でタレントの三宅 裕司(みやけ ゆうじ 1951年5月3日生まれ)でした。
こんなところで三宅祐司さんが出てくるとは思わなかった。
この頃近所にいたんですね。
ところで、結婚した松本善明氏の略歴です。
松本 善明(まつもと ぜんめい)
1926年5月17日大阪府生まれ。
元衆議院議員、弁護士。
1948年(昭和23)東京大学法学部政治学科在学中に日本共産党に入党。
弁護士として松川事件やメーデー事件、労働争議に関わる。
1967年(昭和42)に東京4区(中選挙区)から初当選、その後比例
東北ブロックに移り、2003年(平成15)まで日本共産党衆議院議員を
通算11期勤める。
衆議院議員在職中は農林水産委員会所属。
現在、日本共産党名誉役員、財団法人いわさきちひろ記念事業団副理事長。
いわさき ちひろに関連する人っていろいろいるんですね。
その話はまた次回に。
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